赤蔵が池(読み)あぞうがいけ

日本歴史地名大系 「赤蔵が池」の解説

赤蔵が池
あぞうがいけ

[現在地名]美川村黒藤川

黒藤川くろふじがわの北方山上、標高八七〇メートルにある湧水による自然の池で、周囲五七五メートル、面積一万四七〇平方メートル、水は農業用水に使われている。「予陽郡郷俚諺集」に「遊カ池、二篦村の上にあり、あぞふが池と云、是は源三位頼政射たる鵺出し池也、不審の所に一手篦矢竹生ず」とある。頼政の母がわが子の立身を祈念して頭は猿、胴は虎、尾は蛇という鵺と化してこの池に棲み、夜な夜な雲に乗って京の空に向かい天皇の睡眠を悩まし、頼政の矢に射られ功名させたという伝説がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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