越前村(読み)えちぜんむら

日本歴史地名大系 「越前村」の解説

越前村
えちぜんむら

[現在地名]十文字町越前

皆瀬みなせ川に近く、東は上鍋倉かみなべくら村、西は植田うえだ村、南は海蔵院かいぞういん村、北は下鍋倉しもなべくら(現平鹿町)と境する。

正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に越前新田村とあるが、享保一四年(一七二九)の平鹿郡御黒印吟味覚書(秋田県庁蔵)に「正保元禄誤新田出」とある。

明和三年(一七六六)の「先祖より承候通由緒此度書上覚」(佐藤善右衛門文書)に村の開発、村名の由来が知られる。

<資料は省略されています>

開発主の越前の子孫は代々肝煎を務め、新田を起こし、元禄三年(一六九〇)には当高五九二石余に達した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む