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八日市 ようかいち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

八日市
ようかいち

滋賀県南東部,東近江市西部の旧市域。愛知川中流左岸にある。 1954年3月八日市町,中野村が合体。さらに8月には平田村,市辺村,玉緒村,御園村,建部村の5村が合体し市制。 2005年永源寺町,五個荘町,愛東町,湖東町の4町と合体して東近江市となった。中心市街地の八日市は湖東内陸部の中心に位置し,御代参街道八風街道の交点にあたり,古くから市場町として発展。大正期は軍隊の町となったが,近年は旧陸軍飛行場のあった沖野ヶ原を中心に電子部品,電機,塩化ビニルなどの工場が立地。伝統工業に西陣織の帯地生産がある。付近は古代から蒲生野と呼ばれる原野で,養蚕,タバコの栽培が盛んであった。米,野菜が生産される。瓦屋寺,布施神社,太郎坊宮 (阿賀神社) など有名社寺も多い。

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デジタル大辞泉の解説

ようかいち〔やうかいち〕【八日市】

滋賀県南東部にあった市。古くから市場町として発展した。近江牛真田紐(さなだひも)を特産。平成17年(2005)に周辺4町と合併して東近江市となった。→東近江

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大辞林 第三版の解説

ようかいち【八日市】

滋賀県東近江市の地名。古くから市場町として発達。繊維・化学工業などが立地。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

八日市
ようかいち

滋賀県中東部、湖東地方にあった旧市名。現在は東近江(ひがしおうみ)市の西部を占める地域。旧八日市市は、1954年(昭和29)神崎(かんざき)郡八日市町と御園(みその)、建部の2村、蒲生(がもう)郡平田、市辺(いちのべ)、玉緒(たまお)の3村が合併して市制施行。2005年(平成17)神崎郡永源寺(えいげんじ)、五個荘(ごかしょう)、愛知(えち)郡愛東(あいとう)、湖東(ことう)の4町と合併して東近江市となった。地域の大部分は愛知川の旧流路によって形成された標高約130メートルの平地であるが、南部は布引山系、西部は箕作(みつくり)山系の丘陵である。近江(おうみ)鉄道本線、同八日市線、国道307号、421号、名神高速道路が通じ、八日市インターチェンジがある。後期古墳の存在によってこの地の開発の古さがわかるが、古代には荘園(しょうえん)も置かれた。蒲生野は遊猟の地で、額田王(ぬかたのおおきみ)と大海人皇子(おおあまのおうじ)の贈答歌(万葉集)の舞台として知られる。中心の八日市は、御代参(ごだいさん)街道から鈴鹿(すずか)越えで伊勢(いせ)に通じる八風(はっぷう)街道が分岐する交通の要地で、早くから商業が発達し、中世には定期市(いち)が開かれた。小脇(おわき)町の蛭子(えびす)神社跡は市神が祀(まつ)られていたと考えられる。現在も市街地の商店街は周辺に広い商圏を有している。洪積台地の蒲生野は、中世末以降の新田開発、明治以後は軍用地、第二次世界大戦後の農地開拓と時代によって景観を変えてきたが、現在では工場立地や住宅開発が顕著である。布施神社本殿、興福(こうふく)寺の木造大日如来坐像(だいにちにょらいざぞう)、木造聖観音(しょうかんのん)立像、慈眼寺の銅造聖観音立像など国指定重要文化財も多い。1989年(平成1)雪野山古墳から三角縁神獣鏡など多数の出土品が発掘された。赤神山にある阿賀神社(太郎坊宮)は勝運授福の神として参拝客が多く訪れる。また、八日市の大凧(たこ)は国の選択無形民俗文化財で、5月には「大凧まつり」が行われる。[高橋誠一]
『『八日市市史』全6巻(1983~1989・八日市市)』

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