越尾上村・越尾下村(読み)こよおかみむら・こよおしもむら

日本歴史地名大系 「越尾上村・越尾下村」の解説

越尾上村・越尾下村
こよおかみむら・こよおしもむら

[現在地名]中央町越尾こよお

東は竜王りゆうおう(三七〇メートル)の山塊、中央に越尾川の谷筋、東北部の山地、西のさら川流域低地よりなる広大な村で、西は原田はらだ村、北は福田ふくだ(現津山市)、南は新城しんじよう村・金堀かなぼり村。越尾の地名大戸だいと(現柵原町)方面へ越す要路から起こったとする説がある(久米郡誌)。元禄二年(一六八九)上村と下村に分村したという(作陽誌)。東方山寄りを上村、耕地の多い西方を下村とする。正保郷帳に越尾村とあり、田方二三五石余・畑方八七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む