足山田村(読み)あしやまだむら

日本歴史地名大系 「足山田村」の解説

足山田村
あしやまだむら

[現在地名]一宮町足山田

西原にしばら村の北東本宮ほんぐう山麓の村。近世は、天和元年(一六八一)に鳥羽藩領になるまで幕府領であった。その後一部は享保一七年(一七三二)から形原かたのはら陣屋(現蒲郡市)の巨勢氏領になり、残部が幕府領に残ったが、ここもまた寛延二年(一七四九)から西大平藩大岡氏領となって、相給のまま明治に至る。慶長九年(一六〇四)八月の三河之国宝飯郡足山田村御本帳之写(足山田区有)によると、反別合計三四町四反余、分米合計四一八石余である。地名に、若ミや・八田・五反田・あらこなどがみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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