車場新田(読み)くるまばしんでん

日本歴史地名大系 「車場新田」の解説

車場新田
くるまばしんでん

[現在地名]新津市車場一―四丁目・車場

小阿賀野(こあがの)川左岸に位置し、東は中野(なかの)新田、西は市之瀬(いちのせ)新田。寛永一四年(一六三七)森田能右衛門の開発と伝える(中蒲原郡誌)。正保国絵図に一八〇石余とあり、新発田藩領。寛文七年(一六六七)と推定される御領内見分之書付(貴船家文書)には家数四〇・人数二八五とある。慶応二年(一八六六)の口上書(両組産業開物之巻)には「当村之儀、安永・天明堤切以来田畑変地、人家多之処、農業一ト向ニ而者暮兼候より家数百六軒之内、八十軒者梨子・油桃(ずんばい)を砂畑へ植付、笊を造、大工・木挽等相稼暮居候内、四十弐軒者無石」とあり、綿打・賃機などの副業が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む