軽境原宮(読み)かるのさかいばらのみや

日本歴史地名大系 「軽境原宮」の解説

軽境原宮
かるのさかいばらのみや

孝元天皇の皇居。高取川左岸、牟佐坐むさにいます神社が俗に境原さかいばら天神とよばれるところから、その地を宮跡とする(大和志、和州旧跡幽考)。「日本書紀」孝元天皇四年春三月条に「都を軽の地に遷す。是を境原宮と謂ふ」、「古事記」に「大倭根子日子国玖琉命、軽の境原宮に坐しまして、天の下治らしめしき」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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