軽曲峡宮(読み)かるのまがりおのみや

日本歴史地名大系 「軽曲峡宮」の解説

軽曲峡宮
かるのまがりおのみや

懿徳天皇の皇居。「日本書紀」懿徳天皇二年正月条に「都を軽の地に遷す。是を曲峡宮と謂ふ」、「古事記」に「大倭日子友命、軽の境岡宮に坐しまして、天の下治らしめしき」とあり、記紀では宮名が異なる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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