近津長谷城跡(読み)ちかつはせじようあと

日本歴史地名大系 「近津長谷城跡」の解説

近津長谷城跡
ちかつはせじようあと

[現在地名]多気町長谷

しろ山の山頂にあり、南側には近長谷きんちようこく寺がある。年月日不詳目安案(京都市田中忠三郎氏蔵文書)に「外宮前禰宜家行御敵同意悪行条々事」として「又貞和三年秋、山田大世コ坊主ノ許ヘ寄合テ廻文ヲ書テ(中略)同十月十五日・十八日、宮河ノ西端ニテ付着到、山田ヨリ人夫召上テ、兵粮米城ノ具束等令用意、大勢出立、同十一月廿六日、伊勢近津長谷城ニ構畢」とみえ、度会家行の率いる軍が、一連の軍事行動の一環として「近津長谷城」を構築したことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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