追羽町(読み)おつぱちよう

日本歴史地名大系 「追羽町」の解説

追羽町
おつぱちよう

[現在地名]西尾大給おぎゆう

追羽門からなか町に通じる一画には、高級武士の屋敷が集まり、ここを追羽道、のち追羽町とよぶ。岡崎おかざき安城あんじよう知立ちりゆうに通じる重要な地点に立つ追羽門を固める意味もあってか、九区画の侍屋敷には足軽大将の物頭役・大目付役・取次役などの重要役職者が居を構えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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