送り木村(読み)おくりぎむら

日本歴史地名大系 「送り木村」の解説

送り木村
おくりぎむら

[現在地名]御嵩町御嵩 送木おくるぎ

御嵩村の南東、可児川南岸にある。慶長郷帳に「おくり木村」とみえ二〇五石余、仙石左門領。「おくるぎ」ともよばれた。元和元年(一六一五)尾張藩領となる。正保郷帳では田一八五石余・畑一九石余、小松山・雑木山がある。上之郷かみのごうに含まれていた時期もあったらしい(寛文一〇年「鰐口銘」熊野神社旧蔵)。明暦覚書では概高二三六石余、人数六六、馬四。御嵩宿助郷を勤め、元禄七年(一六九四)の勤高二〇五石(「御嶽町助郷帳」野呂文書)。「濃陽志略」では家数三〇・人数一五〇。「濃州徇行記」によれば二三六石余は石見検地の高で田一三町六反余・畑二町二反余・山四八町八反。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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