送葬山(読み)そうぞうやま

日本歴史地名大系 「送葬山」の解説

送葬山
そうぞうやま

垂井の街並の東、笹原ささはらにある小丘で、僧都そうず山・山とも称する。喪山は「古事記上巻の天若日子の段や「先代旧事本紀」天神本紀にみえる喪山神話の喪山とする説がある。神話の内容は以下のとおり。高天原の天照大神の命を受けて豊葦原瑞穂国に遣わされた天穂日命が、三年を経ても復命しないため、次いで天若日子が派遣された。しかし彼も大国主命の娘下照比売と結婚し八年を経ても復命しなかった。そこで雉の鳴女を派遣したが、この雉は天若日子の矢によって射殺される。その矢が鳴女の胸を貫いて高天原にまで届いたため天照大神はことの経緯を知り、もし天若日子に邪心あらば当たれと念じてその矢を返したところ天若日子に当たり死んでしまう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む