垂井町(読み)タルイチョウ

デジタル大辞泉 「垂井町」の意味・読み・例文・類語

たるい‐ちょう〔たるゐチヤウ〕【垂井町】

垂井

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日本歴史地名大系 「垂井町」の解説

垂井町
たるいちよう

面積:五五・八四平方キロ

不破郡の東部を占め、西は伊吹山地南宮なんぐう山地狭隘を経て関ヶ原町、東は大垣市、南は養老ようろう養老町上石津町、北は伊吹山地の支脈池田いけだ山地を隔てて揖斐いび春日かすが村および池田町。町の中央をあい川が岩手いわで川・大石おおいし川・大滝おおたき川・梅谷うめたに川などの水を集めて南東に流れ、牧田まきだ川に注ぐ。垂井町は古代においては美濃国の中心であった。府中ふちゆう美濃国府の推定地であり、その東には国分尼寺が置かれたと考えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「垂井町」の意味・わかりやすい解説

垂井〔町〕
たるい

岐阜県南西部,伊吹山地鈴鹿山脈との間の関ヶ原地峡部東方にある町。1889年町制。1954年宮代村,表佐村,府中村,岩手村の 4村および荒崎村の一部と合体。同 1954年合原村を編入。古くは美濃国国府の所在地で,近世には中山道美濃路の分岐点にあたる宿駅として繁栄。良質米を産し,クリ,チャ(茶),干し柿特産がある。近年は金属・機械,繊維,木材などの工場が立地。南宮大社,竹中氏居城址などがあり,垂井一里塚は国の史跡。南宮大社には国の重要無形民俗文化財の神事芸能が伝わる。JR東海道本線,国道21号線が通り,町域の一部は揖斐関ヶ原養老国定公園に属する。面積 57.09km2。人口 2万6402(2020)。

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