通法寺村(読み)つうほうじむら

日本歴史地名大系 「通法寺村」の解説

通法寺村
つうほうじむら

[現在地名]羽曳野市通法寺

壺井(つぼい)村の南にあり、村名は寺院通法寺があったことによる。古代の石川郡大国(おおくに)郷(和名抄)に含まれる。近世は古市郡に属する。正保郷帳の写とみられる河内国一国村高控帳ではのちの壺井村分を含んで通法寺村の名で高付されている。高五七三石余、小物成として山年貢米四石余、幕府領。延宝年間(一六七三―八一)の河内国支配帳には壺井村とともに村名が載り渡辺方綱(武蔵野本藩)領とあるが、高は不記載。壺井村の五一三石余に含まれているとみられる(→壺井村)。元文二年(一七三七)の河内国高帳では通法寺村の九七石余は全部通法寺領(この時壺井村の通法寺領は一〇六石余)。天保郷帳では高九七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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