達野村(読み)たてのむら

日本歴史地名大系 「達野村」の解説

達野村
たてのむら

[現在地名]板倉町達野

京(きよう)ヶ岳西麓にあり、南を別所(べつしよ)川が北流する。東は玄藤寺(げんどうじ)新田、南は筒方(どうがた)村に接する。天和三年(一六八三)の検地帳(中島文書)によれば高七四石余、田三町五反余・畑六町四反余。元禄郷帳に四ッ屋(よつや)村枝郷と記される。旧高旧領取調帳に達野新田とあり、高八四石八斗余。達野新田は明治初年に大嶺(おおみね)新田・名川(ながわ)新田・田入山(たいりやま)新田と合併して達野村となる。石油を産出し、天明八年(一七八八)の草生水油口訳証文(古川文書)によれば、汲口二〇口で、運上は一口につき永一八七文五分、計金三両三分であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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