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遠藤胤統 えんどう たねのり(たねつぐ)

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美術人名辞典の解説

遠藤胤統

幕末・明治の近江三上藩主。戸田氏教の子。幼名は直之進・胤緒。文化8年(1811)家督を相続し、従五位下、但馬守に叙任された。文久元年(1861)には海陸郡備向並びに軍制の用掛となり、従四位下に昇叙した。明治3年(1870)歿、78才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

遠藤胤統 えんどう-たねのり

1793-1870 江戸時代後期の大名。
寛政5年11月22日生まれ。美濃(みの)(岐阜県)大垣藩主戸田氏教(うじのり)の3男。遠藤胤富(たねとみ)の養子となり,文化8年近江(おうみ)(滋賀県)三上藩主遠藤家5代。天保(てんぽう)12年若年寄。嘉永(かえい)5年2000石を加増され,1万2000石となる。明治3年9月25日死去。78歳。名は「たねつぐ」ともよむ。別名に胤緒(たねお)。

出典|講談社
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世界大百科事典内の遠藤胤統の言及

【遠藤氏】より

…(1)中世武士摂津渡辺党の一つ。出自は明確ではないが,遠藤系図では平将門の乱に征東大将軍となった参議民部卿藤原忠文を祖としている。平安時代末ころより皇室領大江御厨内・摂津渡辺に住し,嵯峨源氏流渡辺氏と姻戚関係をもちながら渡辺党の一つとして活動した。一族は港湾管理に従事し魚類などの供御(くご)を朝廷に貢進するとともに,代々滝口,武者所,北面などに任じられ,武士として朝廷,院に仕えた。また一族より天王寺執行・摂津国式内社座摩祐(ざまのすけ)(座摩神社の神主職の一つ)を出し,寺社とも関係し勢力をもった。…

※「遠藤胤統」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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