那古野城跡(読み)なごやじようあと

日本歴史地名大系 「那古野城跡」の解説

那古野城跡
なごやじようあと

[現在地名]中区二の丸

今川義元の父氏親は清須きよす(現西春日井郡清洲町)斯波氏を監視する城を築くため、末子氏豊に那古野庄の一画、いわゆる名古屋台の北辺の丘陵を選定させ、老臣庵原安房守に縄張りをさせたという。これが柳之丸とよばれた那古野城である。築城は大永の初めと考えられる。当時のこの地は、のちの名古屋城二の丸、明治に入って陸軍歩兵第六連隊の所在した地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む