日本歴史地名大系 「郁文館跡」の解説 郁文館跡いくぶんかんあと 茨城県:土浦市土浦城下外西町郁文館跡[現在地名]土浦市文京町土浦藩の藩校で、寛政一一年(一七九九)城内二の丸に開設された。館名は時の藩主土屋英直の命名。天保一〇年(一八三九)一〇月、土屋寅直が城下の外西(そとにし)町に移し、文館と武館が併設されたため文武(ぶんぶ)館ともよばれた(旧土浦藩学制沿革取調報告)。規模は安政度御改正屋敷地切図(土浦市立図書館蔵)によれば「文武両館、地坪九百三拾八坪」、文館には和学・漢学・医学の三科が設けられ、武館では兵学・剣術・槍術・弓術が行われた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by