都甲惟孝(読み)とごう これたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「都甲惟孝」の解説

都甲惟孝 とごう-これたか

?-? 南北朝時代武士
幕府御家人の家柄で,豊後(ぶんご)(大分県)都甲荘地頭観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)で九州へのがれた足利直冬(ただふゆ)にしたがうが,観応2=正平(しょうへい)6年(1351)南朝方の豊後守護大友氏時側につき,直冬をやぶった。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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