都甲惟孝(読み)とごう これたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「都甲惟孝」の解説

都甲惟孝 とごう-これたか

?-? 南北朝時代武士
幕府御家人の家柄で,豊後(ぶんご)(大分県)都甲荘地頭観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)で九州へのがれた足利直冬(ただふゆ)にしたがうが,観応2=正平(しょうへい)6年(1351)南朝方の豊後守護大友氏時側につき,直冬をやぶった。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む