都賀町(読み)つがまち

日本歴史地名大系 「都賀町」の解説

都賀町
つがまち

面積:三〇・四一平方キロ

郡の北部に位置し、東は壬生みぶ町、南から西にかけては栃木市、北は上都賀郡西方にしかた村。東端おもい(小倉川)、西部を赤津あかづ川が流れ、東半部は平地。ほぼ中央部に東武日光線が敷設され、その西を東北自動車道が通る。「性霊集」に勝道が建立したとみえる華厳けごん寺があったとされ、中世には木村きむら保が立保されていた。室町期以後皆川氏の勢力が伸び、宇都宮氏・佐竹氏との合戦が繰広げられた。近世、現町域は都賀郡に属し、元禄郷帳などでは一一ヵ村があった。日光線にほぼ平行して例幣使街道が通り、合戦場かつせんば村は宿駅を勤めたが、宿取立ては近世初頭結城氏によるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む