酒井忠徳(読み)さかい ただあり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「酒井忠徳」の解説

酒井忠徳 さかい-ただあり

1755-1812 江戸時代中期-後期大名
宝暦5年10月2日生まれ。酒井忠温(ただあつ)の子。明和4年出羽(でわ)鶴岡藩(山形県)藩主酒井家7代となる。豪商本間光丘(みつおか)(四郎三郎)らを登用して窮乏した藩財政を再建し,文化2年藩校致道館を開校俳諧(はいかい),和歌にすぐれた。文化9年9月18日死去。58歳。号は春華園,凡兆

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む