酒門共有墓地(読み)さかどきようゆうぼち

日本歴史地名大系 「酒門共有墓地」の解説

酒門共有墓地
さかどきようゆうぼち

[現在地名]水戸市酒門町

浜田はまだ一丁目から酒門町へ至る道路の西側の東茨城台地上にある。寛文六年(一六六六)徳川光圀は城下郊外の常葉ときわ村と坂戸さかど村に水戸藩士の共同墓地を設けた。両墓地とも特定の寺院に属していない。光圀は士民に仏式の葬祭をやめて自葬祭をすることを勧め、藩士には仏寺以外に葬るためにこの共同墓地を定めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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