野並村(読み)のなみむら

日本歴史地名大系 「野並村」の解説

野並村
のなみむら

[現在地名]天白区天白町野並・久方(ひさかた)・野並・井の森(いのもり)町・中坪(なかつぼ)町・福池(ふくいけ)・古川(ふるかわ)町

天白川と藤(ふじ)川に西部と南部を区切られ、北・東は山地を隔てて島田(しまだ)村に接する。応永四年(一三九七)一二月五日の尾張国在庁等注進状(醍醐寺文書)に

<資料は省略されています>

とあり、野並が国衙領で、八事迫(やごとはざま)(八事丘陵)が天白川により低地になった付近、島田村・植田(うえだ)村辺りと「一対知行」とされている。応永九年五月二八日の尾張国目代光守注進状(醍醐寺文書)に「注進 尾張国々衙税内自守護御方違乱所々事(中略)野並 未被定給人」とあり、国衙正税地が守護方に違乱された地として野並があげられ、給人が定まらなかったものの、翌一〇年には「給人入善方」と定められた旨が知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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