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野中助継 のなか すけつぐ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

野中助継 のなか-すけつぐ

1828-1868 幕末の武士。
文政11年生まれ。土佐高知藩士。吉田東洋に重用され,東洋暗殺後も公武合体論を主張して土佐勤王党を弾圧。戊辰(ぼしん)戦争では佐幕説をとなえてゆずらず,藩主の従軍命令を拒否して切腹を命じられた。慶応4年5月27日死去。41歳。本姓は永井。通称は太内(たない)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

野中助継

没年:明治1.5.28(1868.7.17)
生年:文政11(1828)
幕末の土佐(高知)藩士。永井新平の次男。野中兼山の支流の裔野中持継の養子。通称太内。野中家は数次不幸が続き,養子に入ったときは5人扶持切米12石の微禄だった。しかし,気性激しく節を貫く気骨があり,吉田東洋に訓育されて,吉田派幹部となり幡多郡奉行,高岡郡奉行を経て小目付,大目付に累進し,馬廻200石となった。勤王党の断獄には峻厳をもって臨み,また徳川将軍家擁護の政治姿勢を貫き,挙兵討幕論の乾(板垣)退助らと衝突,戊辰戦争では,前衛隊司令に任命されたが出兵不可を強硬に唱え就任拒否,5月南会所にて切腹して果てた。

(福地惇)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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