野坂田村(読み)のさかだむら

日本歴史地名大系 「野坂田村」の解説

野坂田村
のさかだむら

[現在地名]飯山市大字野坂田

千曲川の自然堤に沿って安田やすだ上新田かみしんでんの北へ続いて開発された集落である。

諏訪社下社秋宮の第四之御柱所役を、天文年間(一五三二―五五)前より務めており、天正六年(一五七八)にも造宮役を負っている。

立地の関係で、絶えず千曲川の洪水に悩まされ、飯山城主堀直寄も領内の百姓を動員して連年普請にあたらせた。元和元年(一六一五)一二月、直寄は「在々置目」(島津文書)を出して明年よりの夫役を用捨することにした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む