木島地区(読み)きじまちく

日本歴史地名大系 「木島地区」の解説

木島地区
きじまちく

高社こうしや(一三五一・五メートル)の北部地方一円、いわゆる岳北地方に位置し、東部はたる川、西部及び北部は千曲川に境し、南部は虚空蔵こくぞう山とその支脈によって限られ、その間に展開した低平な沖積氾濫原の地域である。

この地は中世より木島郷に属していたが、近世には飯山城主関・皆川・堀・岩城幕府松平・永井・青山・本多諸氏の支配を受け、享保九年(一七二四)以後幕府領となった。

地形は低平で、千曲川・樽川・馬曲まぐせ川に囲まれているので、住民は連年水害に悩まされてきた。慶長一五年(一六一〇)入封した堀直寄が樽川を現在の流路に改修し、享保二年入封した本多助芳が幕府に嘆願して領地替えを行ったことなど注目される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む