野花南周堤墓群(読み)のかなんしゆうていぼぐん

日本歴史地名大系 「野花南周堤墓群」の解説

野花南周堤墓群
のかなんしゆうていぼぐん

[現在地名]芦別市野花南町

国道三八号野花南大橋から一・一キロ上流の空知川左岸、標高一一九メートルの河岸段丘上に立地する縄文時代後期末に営まれた集団墓地遺跡。大小二基の周堤墓がある。昭和二八年(一九五三)に地元郷土史家の永田繁太郎・戸塚栄が矢野等所有の畑で一号周堤墓内の配石三個を発見したのが契機となり、同年芦別郷土史研究会が発足

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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