野間稲地村(読み)のまいなじむら

日本歴史地名大系 「野間稲地村」の解説

野間稲地村
のまいなじむら

[現在地名]能勢町野間稲地

野間中のまなか村の西に位置し、野間川流域の小盆地にあたる。野間村を構成する五ヵ小村の一。南西にある大土おおつち峠を経る能勢街道北東から南西に通るが、同峠を越えると川辺かわべ黒川くろかわ(現兵庫県川西市)。また野間街道が東西に通る。はちつぼ遺跡からは縄文時代の無茎式石鏃が採取されている。慶長一〇年(一六〇五)摂津国絵図に「イナチ村」とみえるが、寛永―正保期(一六二四―四八)の摂津国高帳には「伊奈地村」と記される。村高は、正徳三年(一七一三)年貢免定(大原家文書)では稲地村分として二三〇石余、天保郷帳では二二八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む