金ヶ作陣屋跡(読み)かねがさくじんやあと

日本歴史地名大系 「金ヶ作陣屋跡」の解説

金ヶ作陣屋跡
かねがさくじんやあと

[現在地名]松戸市金ヶ作・常盤平陣屋前

享保七年(一七二二)享保改革の一環として小金こがね・佐倉両牧の新田畑林の開発と両牧支配を命ぜられた幕府代官小宮山杢之進が(御触書寛保集成)日暮ひぐらし村境の小金牧内(のちの金ヶ作村内)に置いた陣屋。杢之進失脚後は廃止の動きもあったが、幕末まで存続した。杢之進は小金・佐倉両牧の実測図をもとに一〇万石を目標として牧域内の畑地新田と林畑の造成に力を注ぎ、それまで下総全牧を掌握してきた野馬奉行綿貫氏に代わって牧の実権(特殊の技術に関するものを除く)を掌握することになった(松戸市史)。同八年の指達(同書)は杢之進に対して、とくに中野なかの下野しもの両牧については直接に野馬の管理と所属牧士の支配をするよう命じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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