金江津村(読み)かなえづむら

日本歴史地名大系 「金江津村」の解説

金江津村
かなえづむら

[現在地名]河内村金江津

利根川左岸の湾曲部に囲まれた平坦地にあり、北は下加納しもかのう新田、東は平川ひらかわ村。「家忠日記」天正二〇年(一五九二)二月二一日条に「かないと迄越候」とある。のち寛永二年(一六二五)に佐倉藩領となって金江津に改称したといわれる。元禄郷帳の村高は一千六七一石余。弘化二年(一八四五)の関東御取締役控帳(香取郡誌)によると神崎本宿こうざきほんじゆく(現千葉県香取郡神崎町)外五二ヵ村組合に属し、村高二千二六石余、家数三一七。うち高三〇四石余、家数三二が飯野藩領、高一千一五九石余、家数二三六が旗本小笠原氏領、高五三九石余、家数四九が旗本酒井氏領、他は大洞だいどう院ほか四寺の除地となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報