金津村(読み)かなづむら

日本歴史地名大系 「金津村」の解説

金津村
かなづむら

[現在地名]新津市金津

新津丘陵西部、金津川の浸食谷の奥に位置し、北は塩谷しおだに村。「吾妻鏡」承久三年(一二二一)六月八日条に金津蔵人資義の名があり、資義は承久の乱鎮定のため北陸道の将に任ぜられた北条朝時の軍に属して上洛している。ちなみに寛治三年(一〇八九)と伝える往昔越後国之図(文政一〇年写、「日本荘園絵図集成」所収)にも金津の名があり、「義経記」には遮那王(牛若丸)が「わが身は越後国にうち越え、鵜川、佐橋、金津、奥山の勢を催して」都に攻め上ることを思いたったと記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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