20世紀日本人名事典 「金田千鶴」の解説
金田 千鶴
カネダ チヅ
大正・昭和期の歌人
- 生年
- 明治35(1902)年11月
- 没年
- 昭和9(1934)年8月17日
- 出生地
- 長野県下伊那郡泰阜村平島田
- 学歴〔年〕
- 帝国女子専門学校
- 経歴
- 長野県泰阜村に代々庄屋を務めた資産家の家に生まれる。飯田高等女学校を卒業後、飯田の寺に嫁ぐが間もなく離婚。上京して入学した帝国女子専門学校で短歌誌「アララギ」の選者を務める歌人の岡麓に出会って作歌を始め、生涯師と仰ぐ。大正13年小学校の恩師だった彫刻家・倉沢興世と再会して恋におちるが、2ケ月後に結核を病み、帰郷を余儀なくされた。以後、アララギ派の歌人として作歌に励み、昭和4年「アララギ」準同人となる。自然や家族、恋愛の他に山村の生活や社会の姿を生き生きと詠む“社会詠”にも手を染め、昭和恐慌のために極貧にあえぐ山村を活写した。また文芸誌「つばさ」などに参加して小説も書き、6年には農村小説「夏蚕時(なつごどき)」を発表。結核と闘いながら創作を行い、死の3日前まで代筆で歌を詠み続けた。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報