金福寺跡(読み)きんぷくじあと

日本歴史地名大系 「金福寺跡」の解説

金福寺跡
きんぷくじあと

[現在地名]大淀町大字今木

泉徳せんとく寺の西約三〇〇メートル、通称ケンプク谷西の峰続きに約二段歩の寺跡がある。金峯山と号し、今木いまき(現廃寺)の子院。元禄六年(一六九三)の本末寺院御改控(峯家文書)に寺名がみえ、本尊石仏の蔵王立像で高さ二尺八寸。同じく今木寺の子院である泉徳寺兼帯の蔵王堂(三間四面)があり、棟札に永禄一三年(一五七〇)建立とあるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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