金見谷村(読み)かなみだにむら

日本歴史地名大系 「金見谷村」の解説

金見谷村
かなみだにむら

[現在地名]池田町金見谷

部子(へこ)川の支流金見谷川の最上流にある。北は千代谷(ちよだに)村、西に杉(すぎ)峠を越えれば谷口(たにぐち)村。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図は「池田部子谷村」に含まれると考えられるが、村名は正保郷帳にみえ、田方一七石余・畠方一六石余。「越前地理指南」は「上ケ田」、「越前国名蹟考」は「横谷」「上田」の枝村を記す。享保六年(一七二一)の池田郷中村々明細帳の写(片山家蔵)によれば三町九畝余(田八反余・畠二町一反余)で、ほかに延宝五年(一六七七)福井藩領の時の新田改二石三斗余、元禄七年(一六九四)土岐氏領の時の新田三石八斗余を記し、家数二二(うち本百姓九・水呑一三)、人数八九、牛四頭、社一ヵ所を載せる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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