針目城跡(読み)はりめじようあと

日本歴史地名大系 「針目城跡」の解説

針目城跡
はりめじようあと

[現在地名]杷木町穂坂・大山

戦国期にみえる城。現穂坂ほさか大山おおやまの境の針目山に所在秋月種実によって築かれ、城番に初山九兵衛・大山源左衛門が置かれたと伝えられる(続風土記)。天正一三年(一五八五)一月二一日に大友氏軍勢が針目城などを攻め落している(正月二四日「戸次道雪書状」薦野家譜・同月日「戸次道雪書状写」三原文書/大日本史料一一―一三)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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