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鈴木三蔵 すずき さんぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鈴木三蔵 すずき-さんぞう

1832-1915 幕末-明治時代の農事指導者。
天保(てんぽう)3年5月18日生まれ。美濃(みの)(岐阜県)苗木藩足軽の子。江戸藩邸につとめ,明治3年帰藩,勧農係となる。同年帰農,二宮尊徳にならい農事改良を指導。牛・馬耕を普及させ,また木曾川の架橋につくした。恵那(えな)郡南北農区連合農談会会頭をつとめた。大正4年6月25日死去。84歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

鈴木三蔵

没年:大正4.6.25(1915)
生年:天保3.5.18(1832.6.16)
明治前期の農業指導者。美濃国(岐阜県)苗木藩足軽の子として恵那郡苗木村に生まれる。幕末に平田学を学び,藩政改革で勧農係となり,33カ村取締方を務めた。明治7~8(1874~75)年近江に出向いてその牛耕技術を恵那郡に,また同14年の内国勧業博覧会からは持立犁を購入して馬耕の普及に努めた。また10年には同郡北部15カ町村連合農談会の会頭,次いで結成された恵那郡南北農区連合農談会の会頭となり,当地の農事改良の中心的役割を果たした。明治の末に東濃諸郡のなかで恵那郡の牛馬耕面積割合が際立って高かったのは,彼の功績による。<参考文献>『岐阜県史/通史編』近世下

(松田之利)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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