錦砂町(読み)きんしやちよう

日本歴史地名大系 「錦砂町」の解説

錦砂町
きんしやちよう

上京区新烏丸通丸太町一丁上ル

町の東を河原町かわらまち通、西を新烏丸しんからすま通が南北に通る。

元禄四年(一六九一)京大絵図には「本妙寺、善光院、教安寺」があり、「うら寺丁」とみえる。宝永五年(一七〇八)の大火以後町地となり(坊目誌)、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」に「切通新烏丸少し下り東入所 高砂町」、「新丸太町下ル 錦町」と記される。明治三年(一八七〇)八月、錦町と高砂町の半分が合併して現町名が生れた(坊目誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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