鍛冶屋川村(読み)かじやがわむら

日本歴史地名大系 「鍛冶屋川村」の解説

鍛冶屋川村
かじやがわむら

[現在地名]中辺路町小皆(こかい)・熊野川(くまのかわ)・沢(さわ)・水上(みずかみ)

富田(とんだ)川の支流鍛冶屋川流域にある。東は内井川(うちいがわ)村、西は秋津川(あきづがわ)・伏菟野(ふどの)・馬我野(ばがの)の各村(現田辺市)、北は虎(とら)ヶ峰と持平(もちだいら)山を結ぶ稜線で日高郡と境される。

元和五年(一六一九)以降和歌山藩田辺領。慶長六年(一六〇一)の浅野左衛門佐殿知行持高写(「万代記」所収)には鍛冶屋川の村名はなく、小野(おの)村高六八・一六五石、沢村高六六・〇六五石、熊野河村高五〇・六四九石、小貝(こかい)村高一〇〇・九八九石とあり、また享和三年(一八〇三)の田辺領郡村仮名付帳(真砂具岳家蔵)に「右元禄十一寅極月書上控ニ鍛冶屋川村ハ惣名ニ付古ヨリ四ケ村ニ分レ御座候何年已前ヨリ分レ申候哉承伝不申候」とあるが、慶長検地高目録では鍛冶屋川村として村高二七五石余、小物成三・六七六石とあり、四ヵ村が行政上鍛冶屋川村に合体していくのは慶長検地の前後と推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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