鍛冶屋町一丁目(読み)かじやまちいつちようめ

日本歴史地名大系 「鍛冶屋町一丁目」の解説

鍛冶屋町一丁目
かじやまちいつちようめ

[現在地名]南区島之内しまのうち二丁目

せき町の南にある。八百屋町やおやまち筋の両側町。北は清水町しみずまち筋と南は周防町すおうまち筋の間。南は鍛冶屋町二丁目で、関町から二丁目までを鍛冶屋町筋ともよんだ。町名は元禄七年(一六九四)からで、それ以前は明暦元年(一六五五)から南鍛冶屋みなみかじや町一丁目といった(安政三年「水帳」中之島図書館蔵)。初発言上候帳面写によると、古くは関町・鍛冶屋町二丁目とともに鍛冶屋町といった。万治三年(一六六〇)の伏樋設置のときの覚(安井家文書)にも単に鍛冶屋町とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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