鎌塚・鎌塚宿(読み)かまつか・かまつかしゆく

日本歴史地名大系 「鎌塚・鎌塚宿」の解説

鎌塚・鎌塚宿
かまつか・かまつかしゆく

[現在地名]島田市湯日

鎌塚辺りに所在した東海道の宿。「他阿上人家集」に「遠江ノ鎌塚宿」とみえ、延慶三年(一三一〇)九月、熊野詣を終え相模国へ帰る途次の他阿(時宗二祖真教)を、当宿において勝田かつまた庄の住人勝田越前左近大夫入道蓮昭(証阿弥陀仏)が出迎えて歌合を催している。永享四年(一四三二)九月、将軍足利義教の駿府下向に従った歌人尭孝帰路「かまつか」辺りで、「駒とめよ草かるをのこ手もたゆくとる鎌塚も此わたりとて」と詠じている(覧富士記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む