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尭孝 ぎょうこう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

尭孝 ぎょうこう

1391-1455 室町時代の歌人,僧。
明徳2=元中8年生まれ。尭尋(ぎょうじん)の子。曾祖父(そうそふ)頓阿(とんあ)以来の和歌所をあずかり,二条派の中心として,冷泉(れいぜい)派の清巌正徹(せいがん-しょうてつ)に対抗。永享5年和歌所開闔(かいこう)となり,「新続古今和歌集」の撰進にあたる。権大僧都(ごんのだいそうず)法印。享徳4年7月5日死去。65歳。号は常光院。著作に「尭孝日記」,歌集に「慕風愚吟集」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

尭孝

没年:康正1.7.5(1455.8.17)
生年:明徳2/元中8(1391)
南北朝時代の歌人。父は権大僧都尭尋。頓阿の曾孫に当たる。尭憲は養子。常光院,満願寺と号し,法印権大僧都に至る。応永21(1414)年『頓証寺法楽千首』『頓証寺法楽百首』に出詠して以来,足利義政,飛鳥井雅世らの眷顧を得て二条派の中心人物として活躍。清巌正徹および冷泉家に対抗した。永享5(1433)年『新続古今集』選進の際の和歌所開闔を務め,嘉吉3(1443)年『一条兼良家歌合』,宝徳2(1450)年『後崇光院仙洞歌合』,同3年『百番歌合』など,多くの歌会,歌合に参加。朝幕双方の歌壇で重きを為し,その門下に尭恵,東常縁らが出て,古今伝授の一流をなした。古典籍の書写にも功績があった。家集『慕風愚吟集』,歌学書『桂明抄』のほか『尭孝法印日記』『覧富士記』『伊勢紀行』などの著作がある。常縁の『東野州聞書』にその歌論を伝える。

(田仲洋己)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

ぎょうこう【尭孝】

1391~1455) 室町前期の僧・歌人。別号、常光院。尭尋の子。頓阿とんあの曽孫。法印・権大僧都。二条派の代表的歌人。飛鳥井雅世あすかいまさよとともに「新続古今和歌集」を撰進。著「尭孝法印日記」「桂明抄」、家集「尭孝法印集」

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世界大百科事典内の尭孝の言及

【東野州聞書】より

…成立を示す奥書などはないが,記事に付された年月日から,1456年(康正2)ころ成立したと推定される。東常縁が,尭孝をはじめとする師友より聞き伝えたことを記録した聞書。内容は,語句の説明や歌人の伝記といった歌の解釈に必要な秘伝のほか,懐紙や短冊の書き方などの故実も多く,当時の歌学を伝える資料として重要である。…

※「尭孝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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