上湯日村(読み)かみゆいむら

日本歴史地名大系 「上湯日村」の解説

上湯日村
かみゆいむら

[現在地名]島田市湯日、榛原はいばら金谷かなや町湯日

下湯日村の西、牧之原まきのはら台地に立地する。もとは湯日村一村であったが、元和年中(一六一五―二四)に上湯日・下湯日の二村に分村したという(掛川誌稿)。枝郷の鎌塚かまつかには中世末まで東海道の宿があり、大井川畔に田地を開発していたが、天正一八年(一五九〇)に大井川筋が南下してきたため河畔の田地の大半が流亡したという。正保郷帳に上湯日村とみえ、田方一九六石余・畑方二六石余、ほかに松林しようりん寺領五斗・大明神領一石。元禄郷帳では高三七三石余。国立史料館本元禄郷帳では幕府領。正徳二年(一七一二)には相良藩領(本多忠晴領知目録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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