長代村(読み)ながしろむら

日本歴史地名大系 「長代村」の解説

長代村
ながしろむら

[現在地名]有漢上有漢かみうかん

かみ村の北にあり、四峰よつうね山の南麓に広がる。西組にしぐみの沢上流には長代池がある。応永一九年(一四一二)八月一八日の京都北野社一切経供養に際し、有漢保の「東長代真福寺」の住僧上野澄尊が、仏説方等般泥経など多くの書写を行っている(京都市大報恩寺蔵)。寛永備中国絵図に上有漢村がみえ、高一千五七石余、当村を含んだとみられる。正保郷帳では上有漢村の高一千三三三石余、枝村に当村のほか川関かわぜき村・金倉かなくら村がある。元禄八年(一六九五)の旧松山領新高帳(羽場文書)に村名がみえ、古高七八九石余・新高一千三二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む