長兵衛新田(読み)ちようべえしんでん

日本歴史地名大系 「長兵衛新田」の解説

長兵衛新田
ちようべえしんでん

[現在地名]取手市長兵衛新田など

北相馬台地東南端に所在。北は井野いの村、南は利根川吉田村の倉持長兵衛ほか八軒の家が字城根じようねに移り住み、時の領主堀田備中守に願出て開拓したといわれている。名主倉持家に残る天明八年(一七八八)一一月の由緒書には慶安三年(一六五〇)開拓成就記念に松を植えたとあり、開拓開始はそれ以前。寛政六年(一七九四)の吉田村明細帳(平本家文書)によれば当新田の村高一二五・三石。「各村旧高簿」によれば幕末には旗本野村寛三郎の知行地

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む