長兵衛新田(読み)ちようべえしんでん

日本歴史地名大系 「長兵衛新田」の解説

長兵衛新田
ちようべえしんでん

[現在地名]取手市長兵衛新田など

北相馬台地東南端に所在。北は井野いの村、南は利根川吉田村の倉持長兵衛ほか八軒の家が字城根じようねに移り住み、時の領主堀田備中守に願出て開拓したといわれている。名主倉持家に残る天明八年(一七八八)一一月の由緒書には慶安三年(一六五〇)開拓成就記念に松を植えたとあり、開拓開始はそれ以前。寛政六年(一七九四)の吉田村明細帳(平本家文書)によれば当新田の村高一二五・三石。「各村旧高簿」によれば幕末には旗本野村寛三郎の知行地

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む