日本歴史地名大系 「長堀平右衛門町」の解説 長堀平右衛門町ながほりへいえもんちよう 大阪府:大阪市南区長堀平右衛門町[現在地名]南区南船場(みなみせんば)四丁目・鰻谷西之(うなぎだににしの)町・北炭屋(きたすみや)町、西区新(しん)町一丁目・北堀江(きたほりえ)一丁目単に平右衛門町ともいう。長堀川の両側の町で、長堀拾丁目の西にある。同川と西横堀(にしよこぼり)川の交差する四つ角を町域とし、「天保町鑑」には「長堀四ツ橋四方の詰、せんば島之内ほり江しん町境四角とも」と記される。初発言上候帳面写は旧町名を宗無(そうむ)町とする。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数一九、役数は二八半役で、うち年寄分一役が無役。年寄は播磨屋八右衛門。両川の交差点に架かる四つ橋南詰に石見吉永藩蔵屋敷があり、留主居は二人(難波鶴)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by