長明寺村(読み)ちようみようじむら

日本歴史地名大系 「長明寺村」の解説

長明寺村
ちようみようじむら

[現在地名]亀山市長明寺町

亀山城の北東にあたり、村の北西に位置する。安楽あんらく川南岸の微高地に立地し、安楽谷諸村のなかでは最も開けたところにある。近世初期の帰属ははっきりしないが、寛永一三年(一六三六)以後は亀山藩領。翌一四年の内検地では田畑合せて三八町余、村高は四三九石余。茶桑銭一貫九〇六文、竹銭六七〇文、助郷役に代えて二分金二両、銀一二匁余を上納した(九九五集)。それ以外に伝馬宿入用銭として銀二二匁余、新開林運上金一両九匁余を上納し、街道筋市瀬いちのせ(現鈴鹿郡関町)における掃除銀二六匁余を分担した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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