長栖村(読み)ながすむら

日本歴史地名大系 「長栖村」の解説

長栖村
ながすむら

[現在地名]鹿島町長栖

堀割ほりわり川北岸の低地にあり、東は泉川いずみがわ村。天正一九年(一五九一)東義久知行地となり、文禄四年(一五九五)の中務大輔当知行目録(秋田県立図書館蔵)に「なかす」とある。江戸時代は旗本領で、元禄郷帳の村高は二八七石余。安政六年(一八五九)二月の大船津村組合高書上帳(糟谷家文書)には村高二六七石余とあり、旗本大久保氏領八九石余、丸茂・戸田・小野・朝比奈各氏領各四四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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