長谷川作十郎(読み)はせがわ さくじゅうろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「長谷川作十郎」の解説

長谷川作十郎 はせがわ-さくじゅうろう

1831-1891 幕末武士
天保(てんぽう)2年生まれ。常陸(ひたち)水戸藩士。茅根伊予之助(ちのね-いよのすけ)の門下。弘道館舎長などをつとめ,元治(げんじ)元年(1864)以降京都で水戸藩士のリーダー格となる。廃藩後,水戸徳川家の家令。明治24年12月8日死去。61歳。本姓真木。名は允迪,のち清。字(あざな)は子徳。号は艮山,青水。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む