開田城跡(読み)かいでんじようあと

日本歴史地名大系 「開田城跡」の解説

開田城跡
かいでんじようあと

[現在地名]長岡京市天神

開田村を本拠とした中小路氏の居館。「大乗院寺社雑事記」文明二年(一四七〇)四月一八日条に「昨日自八幡来者相語、於西岡日々合戦、開田城并勝竜寺城、山名弾正(是豊)并丹波勢責云々」とある。ところで山名是豊が参加したこの時の合戦について、山崎住人中に宛てた同年四月二一日付の幕府奉行人連署奉書(離宮八幡宮文書)では「去十四日、於西岡鶏冠井・(勝)竜寺合戦時」と記されており、大乗院尋尊鶏冠井かいで(現向日市)を開田と聞き違えたのではないか、との見解もある。しかしよしそうであっても、開田城は鶏冠井城に劣らず奈良にまで聞えていたことになる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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