日本歴史地名大系 「開発保」の解説
開発保
かいほつほ
現
沙門堂三反・日吉宮五反・若王子二反・湯屋田一反・地頭給三町六反一八〇歩・職掌行充給三反)、定田は七町六反一〇歩で、鎌倉末期の状況を示すとされる朱書により北条得宗領となっていたことが知れる。
南北朝期には西津庄にあった守護所が、応永一六年(一四〇九)一一月当保内
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現
沙門堂三反・日吉宮五反・若王子二反・湯屋田一反・地頭給三町六反一八〇歩・職掌行充給三反)、定田は七町六反一〇歩で、鎌倉末期の状況を示すとされる朱書により北条得宗領となっていたことが知れる。
南北朝期には西津庄にあった守護所が、応永一六年(一四〇九)一一月当保内
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...