日本歴史地名大系 「開発保」の解説
開発保
かいほつほ
現沙門堂三反・日吉宮五反・若王子二反・湯屋田一反・地頭給三町六反一八〇歩・職掌行充給三反)、定田は七町六反一〇歩で、鎌倉末期の状況を示すとされる朱書により北条得宗領となっていたことが知れる。
南北朝期には西津庄にあった守護所が、応永一六年(一四〇九)一一月当保内
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現沙門堂三反・日吉宮五反・若王子二反・湯屋田一反・地頭給三町六反一八〇歩・職掌行充給三反)、定田は七町六反一〇歩で、鎌倉末期の状況を示すとされる朱書により北条得宗領となっていたことが知れる。
南北朝期には西津庄にあった守護所が、応永一六年(一四〇九)一一月当保内
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...